書き下ろしイヤミス

善良な人々

約8,665字 読了目安 約17分 2026年10月28日 公開

「また間違えてる」

妻が弁当箱を覗きこんで笑った。息子の弁当だった。ゆうべ頼まれて私が詰めたのだが、仕切りの位置が違っていたらしい。

「食べられれば同じだろ」

「味が移るでしょ。卵焼きが生姜焼きの味になったら嫌じゃない」

「それはそれでうまそうだけどな」

「もう。明日は自分で詰めてね」

妻は卵焼きを元の区画に戻した。息子はもう中学生だ。仕切りが少しずれていても、たぶん気にしない。

「父さん、今日早い?」

息子が冷蔵庫から牛乳を出しながら聞いた。

「たぶんな。何かあるのか」

「数学、ちょっと教えて」

「いいよ。帰ったらな」

「また寝ちゃわないでよ」

妻が笑った。先週、同じ約束をしておきながら、帰ってすぐソファで眠ってしまったのだ。

「今日は大丈夫だよ」

そう言って家を出た。

駅へ歩いている途中、大学時代からの友人の村井からメッセージが来た。

『これ、知ってる?』

動画が貼ってあった。電車に乗ってから再生した。

介護施設の元職員だという女性が、経営者から受けた扱いについて話していた。六年勤めた施設で、残業代がきちんと払われなかったこと。人手不足を理由に夜勤ばかり増えたこと。辞めたいと申し出たら、引き止められたこと。

「私が辞めたら利用者さんが困るって、何度も言われました」

女性はそこで言葉に詰まった。

「利用者さんが悪いわけじゃないんです。でも、もう限界でした」

画面に勤務記録と給与明細が映った。最後まで見てから、村井に返した。

『これ、本当なの?』

『未払いは事実らしいよ。ニュースにもなってる』

『ひどいな』

『だろ。俺もあの業界だから他人事じゃないんだよ』

村井は介護用品を扱う会社をやっている。学生の頃から面倒見のいい男で、私が転職で迷っていたときも、夜遅くまで付き合ってくれた。

動画の下には、もう何百件もコメントが並んでいた。経営者を罵るもの、施設名を出せと迫るもの。少し考えてから、私も一つ書いた。

『未払い残業代が事実なら、経営者には説明する責任があると思います』

送信したところで、電車が駅に止まった。会社の最寄り駅まで、あと三駅あった。

ニュースサイトで、滝沢修司という経営者を調べた。四十一歳。県内で介護施設を三つ経営している。会社のホームページには、職員と並んで笑っている写真が載っていた。眼鏡をかけた、どこにでもいそうな男だった。

私は総務課の主任をしている。仕事柄、社員どうしの揉め事に立ち会うことがある。

その日も、別の部署の若い男性社員から、上司の言動について相談を受けた。

「昨日もみんなの前で怒鳴られたんです」

彼はかなり腹を立てていた。私は話を聞き、日時と、その場に誰がいたかを確かめた。

「上司の方にも確認しますね」

「僕の話、信じてないんですか?」

「そうじゃないですよ。事実関係をはっきりさせておいたほうが、あとで困らないから」

彼は不満そうだったが、最後には納得してくれた。

席に戻ると、朝のコメントに二十件ほど反応がついていた。

『本当にその通りです』

『こういう経営者がいるから介護業界がよくならない』

『もっと広まるべき』

何件かに「いいね」を押した。昼休みには、元職員の女性本人からも返信が届いた。内田理恵という名前だった。

『声を上げてくださって、ありがとうございます』

少し迷ってから返した。

『大変でしたね。無理なさらないでください』

『ありがとうございます。理解してくださる方がいるだけで救われます』

その文章を二度読んだ。六年働いて残業代を払ってもらえなかったのだ。相当つらかったに違いない。

帰りの電車で、村井から電話があった。

「お前もコメントしてくれたんだな」

「大したこと書いてないよ」

「いや、ああいう普通の意見が大事なんだって。感情的な奴ばっかりだからさ。本人、まだちゃんと説明してないらしいぞ。ホームページに何か出してるけど、肝心なところがぼやけてて、読んでもよくわかんねえんだよ」

電車が地下に入って、通話が切れた。

滝沢の会社のページを開いた。告発を受けたことについて、短い文章が載っていた。労働環境に問題があったことは認め、事実関係を調査しているという。具体的な金額や経緯は、調査中としか書かれていなかった。

私は朝の投稿に一文を足した。

『説明がないということは、認めたということでしょうか。職員の方々が納得できる対応をしてほしいです』

こちらのほうが、朝の投稿よりも反応が多かった。

家に帰ると、息子が数学の教科書を広げて待っていた。連立方程式だった。ネクタイを緩めて隣に座り、途中まで解いたノートを見せてもらった。一行ずつ確かめ、間違っているところに小さく印をつけた。

「ここまでは合ってる。惜しいな」

「ほんと? じゃあ答え言わないでよ。自分でやるから」

「わかった、わかった」

息子は嬉しそうに消しゴムを取った。

それから数日、滝沢の名前をよく見かけるようになった。動画配信者が取り上げ、ニュースサイトにも記事が出た。内田さん以外の元職員も、職場の様子を証言していた。

一方で、利用者の家族からは滝沢をかばう声も出ていた。ほかで断られた母を受け入れてくれた。夜中でも相談に乗ってくれた。

地元の新聞の記事に、認知症の母親を預けているという女性の話が載っていた。母親が夜中に家を出ようとするようになり、家族だけでは見きれなくなった。ほかの施設には軒並み断られ、滝沢の施設でも最初は難しいと言われた。それでも滝沢は、職員と話し合ったうえで受け入れを決めた。入所して間もない頃、母親が夜中に落ち着かなくなったことがあり、翌朝、滝沢本人が家族に電話をかけてきたという。

「昨夜は少し大変でしたが、今は落ち着いています。ご心配なさらないでください」

女性は、その電話がありがたかったと話していた。同じ記事には、その受け入れで現場の負担が増えたという元職員の証言も並んでいた。

滝沢にも、いいところはあるのだろう。でも、利用者への親切と、職員への責任は別の話だ。そう投稿すると、何人かが賛同してくれた。

村井も私の投稿を見ているらしかった。

『最近、社会派だな(笑)』

『別に。普通のこと書いてるだけ』

実際、特別なことを言っているつもりはなかった。ネットには、もっと過激な人間がいくらでもいた。滝沢の外見を笑う者、家族まで叩く者。自宅の住所らしきものを載せた投稿も見かけたので、それは通報した。家族を巻きこむのは、どう考えても行き過ぎだ。数時間後、その投稿は見えなくなっていた。私の通報のおかげかどうかはわからないが、ひとまずほっとした。

その夜、テレビのニュースに滝沢の写真が映った。

「この人、最近よく出てくるね。ひどいことしてたんだって?」

妻が言った。

「残業代を払ってなかったらしいよ」

「奥さんとか、子どもさんもいるのかな。学校、行きづらくなったりしないかな」

「家族は関係ないのにな」

「ほんとにね」

妻はリモコンで音を小さくした。隣の部屋から息子がゲームの話を始めたので、私はそちらに耳を向けた。

その週の金曜、昼休みに新しい記事を見つけた。ある介護施設で高齢の入所者への不適切な対応があり、施設側がそれを隠していたという内容だった。元職員の証言もついていた。滝沢の会社を調べているときに、関連記事として出てきたものだった。

読み進めて、ひとつ引っかかった。施設の名前が書かれていない。写真も建物の外観だけで、看板は写っていなかった。

検索画面に戻ると、同じ記事を紹介する投稿がいくつも出てきた。どれも滝沢の施設の話として扱っていた。前から介護業界の問題を取り上げているアカウントも引用していた。

記事をもう一度読んだ。時期も地域も、滝沢の施設の報道と近かった。名前を伏せているだけなのかもしれない。

私は記事を引用した。

『この件についても、経営者から説明が必要ではないでしょうか』

送信したところで昼休みが終わった。

午後の会議が始まる前に見ると、百件を超える反応がついていた。会議が終わると、さらに増えていた。画面を引き下げて更新すると、数字が変わった。もう一度引き下げると、また増えた。

廊下で確認していると、向こうから部長が歩いてきた。慌ててポケットにしまった。

「篠原君、さっきの議事録、今日中に頼める?」

「はい。夕方までには」

席に戻って議事録を打った。そのあいだも、机の端でスマートフォンの画面が何度か明るくなった。仕事中は通知を切る設定にしていたが、ときどき自分で画面をつけていた。

帰る頃には千件を超えていた。翌朝、妻が朝食を用意しているあいだに確かめると、二千件になっていた。

騒ぎが始まって三週間ほどで、滝沢が謝罪文を出した。未払いの残業代があったことを認め、対象者への支払いを進めるという。管理体制に問題があったことも認めていた。

ただ、ネットで広まっている情報の一部は事実ではない、とも書いてあった。その中に、私が引用した記事も入っていた。あれは別の施設で起きたことだった。元の記事にも、施設名についての訂正が追記されていた。

最初に読んだとき、会社名が書かれていないのが気になって、確かめようとしたのを思い出した。ほかの投稿がどれも滝沢の施設の話として扱っていたので、それで済ませたのだ。

私の投稿には、二千件を超える「いいね」がついていた。その下に、返信が増えていた。

『これ、別の施設の話ですよね?』

『元記事が訂正されています』

『引用部分について訂正をお願いします』

最後のものは、滝沢の会社の公式アカウントからだった。

どうすればいいだろう。消すだけでは、かえって何か隠したように見えるかもしれない。一言訂正を書けばいいのだろうが、もう何日も前の投稿だ。

そこへ村井から電話がかかってきた。

「土曜、空いてる? 駅前に新しい店できたんだよ。久しぶりに飲もうぜ」

「妻に聞いてみないと」

「相変わらずだな。じゃあ聞いといて」

電話を切って、スマートフォンを机に置いた。

夜になって通知を見ると、訂正を求める返信がさらに増えていた。前は私の意見に賛同していた人からのものもあった。一つ開いて、途中まで読んだ。責任を取れ、と書いてあった。

嘘を広めようとしたわけではない。記事に書かれていたことを紹介しただけだ。

返信の画面を開いた。

『確認したところ、一部の情報に誤りがあったようです』

そこまで打って、手が止まった。「あったようです」では、自分の責任をぼかしているように見えるかもしれない。では、どう書けばいいのか。打っては消し、また打った。

結局、下書きに保存した。

翌朝には、別のニュースが大きく取り上げられていた。私はいつもどおり会社へ行った。

滝沢の会社は、その後も対応に追われていた。利用者の家族から問い合わせが続き、新しい入所の相談は減り、職員の退職が相次いでいるという記事も出た。

私が引用した記事を、まだ滝沢の会社の話として紹介している投稿もあった。訂正された元記事ではなく、誰かが保存した画像が使われていた。その画像には、施設名が書かれていない。

一つ開いてみた。

『これも滝沢のところですよね?』

その下に、会社の公式アカウントが出した説明へのリンクが貼られ、さらにその下に別の誰かが書いていた。

『でも未払いがあったのは事実でしょ』

画面を閉じた。

その日は月末で、会社では勤怠記録の確認に追われていた。ある社員の残業時間が、申請された数字と合わなかった。本人と上司に連絡して記録を直してもらい、数字がそろったところで午後の会議資料を印刷した。昼休みが終わる頃には、滝沢の記事のことは頭から消えていた。

数日後、内田さんが新しい文章を投稿した。未払いの残業代の一部が支払われたこと。退職したほかの職員からも連絡があったこと。施設の職場環境がよくなってほしいと願っていること。最後に、こう書かれていた。

『私は、自分が受けたことを知ってほしかっただけです。滝沢さんのご家族への攻撃や、事実と異なる情報の拡散はやめてください』

ずいぶん冷静な人だと思った。自分を苦しめた経営者について、ここまで気を配れるのだから。

その投稿にも、さまざまな意見がついていた。

『あなたが許しても、社会は許しません』

『被害者が遠慮する必要はない』

『こういう経営者を野放しにしたら、また被害者が出ます』

私は内田さんの投稿に「いいね」を押した。それから、滝沢の会社の謝罪文を読み返した。労務管理の問題は認めている。支払いも進めている。ただ、施設の運営については、まだ説明されていない部分もあった。

自分の古い投稿に、新しい返信がついているのが通知の一覧に見えた。

『こちらの記事は訂正されています。投稿も訂正してください』

開かずに、画面を戻した。そして短く投稿した。

『謝罪と補償が進んだことはよかったと思います。経営上の責任については、引き続き説明が必要ではないでしょうか』

反応はそれほど多くなかった。それでも、何人かは賛同してくれた。

滝沢が亡くなったと知ったのは、それから十日ほどあとの朝だった。

通勤電車でニュースを開くと、見覚えのある顔が出てきた。介護事業会社の経営者、滝沢修司さんが死亡。自宅で亡くなっているのが見つかったという。ネット上の中傷との関係は、現時点では明らかになっていない、と書かれていた。

画面を閉じて、また開いた。記事は変わらなかった。

胸のあたりが落ち着かなかった。亡くなるとは思っていなかった。会社として謝罪もしていたし、支払いも始まっていた。問題は片づきかけていると思っていた。

昼休みに村井に連絡した。

『滝沢、亡くなったんだな』

『びっくりしたよ。まさかこんなことになるとはな。でも、何が原因かはまだわからないし』

その一文を読み返した。確かにそうだ。人が死ぬ理由は一つとはかぎらない。経営の問題もあっただろうし、ほかにも事情があったかもしれない。ネットの批判のせいだと決めつけるのも、また間違いだろう。

午後は新入社員研修の会議に出て、議事録をまとめた。退社前にもう一度記事を開くと、コメント欄には、今度は動画配信者や批判を続けていた人たちを責める言葉が並んでいた。

『言葉で人を殺した』

『あいつら全員、責任を取るべきだ』

嫌な気分になった。死因との関係もわからないのに、今度は批判した人間を叩いている。結局、同じことの繰り返しではないか。コメント欄を閉じた。

家に帰ると、妻が夕飯を作っていた。

「今日、遅かったね。先にお風呂入る?」

「いや、飯食べる」

食卓には鶏の照り焼きが並んでいた。息子が数学の小テストを見せてきた。九十二点だった。

「父さんに教えてもらったところ、全部できた。でも一問、計算ミスった。そこだけ悔しい」

「じゃあ、次はそこだな」

妻が私の皿に照り焼きをもう一切れのせた。ビールを開けた。食べている途中で、滝沢のニュースが頭をよぎった。でも、息子が次の試験の話を始めたので、そちらを聞いた。

その夜は、よく眠れた。

滝沢が亡くなったあとも、報道はしばらく続いた。施設の運営は縮小され、利用者の一部は別の施設へ移ることになった。前に記事で読んだ、認知症の母親もその一人だった。娘さんが取材に答えていた。

「母が夜中に騒いでも、滝沢さんは一度も迷惑だとは言いませんでした」

そう話したあと、言葉を選ぶように付け加えていた。

「でも、職員の方は大変だったんでしょうね」

記事はそこで、別の家族の話に移っていた。職員の証言も引き続き載っていた。滝沢の無理な判断で現場が疲れきっていたのは、間違いなさそうだった。

その週末、駅前の居酒屋で村井と会った。

「最近、急に取引先が増えてさ。どこも困ってるみたいで。まあ、うちも人が足りねえんだけど。引き受けたはいいけど回るのかって話だよ」

村井は笑った。それから、息子の高校受験の話になった。村井の長男は、うちの息子の二つ上だ。

「塾は早めに決めたほうがいいぞ。うちはのんびりしすぎて、最後バタバタだった。本人がやる気にならねえんだもん。親ばっか焦ってもしょうがないんだけどな」

受験について、いろいろ教えてもらった。会計のとき、村井が財布を出した。

「今日は俺が払う。最近ちょっと調子いいからさ」

「じゃあ、次は俺な」

「おう。高い店連れてけよ」

帰り道、妻からメッセージが来た。

『帰りに牛乳買ってきて。朝の分ないから』

コンビニで牛乳を二本買った。

三か月ほど経つと、滝沢の名前を見かけることはほとんどなくなった。ときどき関連記事が流れてくるくらいで、私も、あまり考えなくなっていた。

あの件以来、社会問題についてSNSに書くことは減った。怖くなったわけではない。ただ、誰かを批判しても、そのあとどうなるかまではわからない。自分の書いたものが、思いもよらない受け取られ方をすることもある。そういうことは、考えたほうがいいと思うようになった。

会社では、若い社員からメールの文面について相談を受けることが増えた。

「これだと、ちょっと決めつけてる感じに読めるかな。確認したい、っていう書き方にしてみたら?」

「なるほど。ありがとうございます、助かりました」

書き直された文面は、前よりずっとよくなっていた。

滝沢が亡くなって半年ほど経った頃、久しぶりに内田さんの名前を見た。ネットで、彼女への批判が広がっていた。滝沢の会社が運営していた施設の一つが閉鎖され、職員や利用者の行き先が問題になっていて、その記事がきっかけだったらしい。

『この人が告発しなければ、施設は続いていた』

『滝沢さんを追い詰めた責任はどうなるんですか』

『自分だけ被害者みたいな顔をしている』

ひどいと思った。内田さんが告発したのは、実際に未払いがあったからだ。滝沢が亡くなったことと、彼女が受けた被害は、分けて考えるべきだろう。

内田さんのページを開いた。更新は前より減っていた。最後の投稿には、批判を控えてほしいと書かれていた。

何か書こうと思った。以前、彼女からお礼を言われたことを覚えていた。理解してくれる人がいるだけで救われる、と。今もそうかもしれない。

投稿画面を開いた。

『内田さんへの批判は間違っていると思います』

そこまで打って、自分の過去の発言が気になった。滝沢について、何を書いていただろう。

履歴を遡ると、滝沢の名前が入った投稿がいくつも並んでいた。読み返してみると、それほど過激なことは書いていなかった。事実にもとづく批判と、説明を求める文章がほとんどだった。

一件だけ、気になるものがあった。不適切な対応を隠していたという、あの記事を引用した投稿だ。滝沢の会社から訂正を求められていた。記事そのものは、とうに訂正されている。

開くと、二千件以上の「いいね」がついていた。返信も多かった。古いものから読んでいくと、滝沢を責める文章が続き、その途中に会社の公式アカウントからの返信があった。

『こちらの事例は弊社の施設で発生したものではありません。お手数ですが、引用部分の訂正をお願いいたします』

丁寧な文章だった。

下書きを開くと、半年前に打ちかけた文章がまだ残っていた。

『確認したところ、一部の情報に誤りがあったようです』

今さら訂正しても、ほとんど誰も見ないだろう。それに、滝沢はもう亡くなっている。間違った情報を残しておくほうがよくない。

私は投稿を削除した。下書きも消した。

続けて、滝沢についての古い投稿をいくつか確かめた。もう役目を終えたものもあった。中身を開かずに消したものもある。要らないものを整理して、履歴を閉じた。

それから、書きかけの文章に戻った。

『内田さんへの批判は間違っていると思います。労働環境の問題を告発した人が、その後の出来事まで責められるのはおかしいのではないでしょうか。事実にもとづく批判と、個人への中傷は区別するべきだと思います』

投稿した。数分で反応がつき始めた。

『本当にその通りです』

『こういう冷静な意見がもっと広まってほしい』

何件かに「いいね」を押した。その中に、見覚えのあるアカウントがあった。滝沢への批判が盛り上がっていた頃、私の投稿によく賛同していた人だ。今は内田さんを批判しているらしい。その人の最新の投稿には、こう書かれていた。

『説明がないということは、認めたということでしょうか』

内田さんが滝沢の死について十分に説明していない、という内容だった。

見覚えのある言い回しだった。前に、私も同じことを書いた。あのときは実際に未払いがあった。今回は事情が違う。

その人の過去の投稿をいくつか読んだ。相変わらず、誰かを責める文章ばかりだった。これ以上関わっても仕方がない。私はアカウントをブロックした。

しばらくして、内田さん本人から返信が来た。

『ありがとうございます。少し救われました』

『お気になさらないでください。無理なさらずに』

送ったところで、妻が夕飯だと呼んだ。

食卓には、息子の好きなロールキャベツが並んでいた。

「今日、数学のテスト返ってきた。九十六点」

「すごいじゃないか」

「でも、最後の問題で符号まちがえた」

答案を見せてもらうと、途中の式は全部合っていた。最後の一行だけだった。

「惜しかったな」

「見直したつもりだったんだけど」

「そういうこともあるよ。次は気をつければいい」

答案を返すと、息子はうなずいてロールキャベツを口に運び、学校であった話を始めた。

途中で、スマートフォンが震えた。さっきの投稿に、また一件、賛同がついていた。

私はスマートフォンを伏せた。

「それで、どうなった?」

了