書き下ろし感動

父からのメール

約7,211字 読了目安 約14分 2026年10月28日 公開

父からメールが届いた。

死んで六年になる父からだった。

差出人は「お父さん」。件名は「誕生日おめでとう」。

三十三歳の誕生日から五日経って、迷惑メールのフォルダに入っているのを見つけた。

『三十三歳か。早いもんだな。ケーキは食べたか』

思わず笑ってしまった。父なら言いそうだった。

送信元は見覚えのないアドレスで、父が使っていたものとは違う。誰かのいたずらだろう。そう思いながら、私は何度も読み返した。

父は毎年、私の誕生日にケーキを買ってきた。

二十歳のときには数字の「2」と「0」のろうそくまで買ってきた。恥ずかしいからやめてと言ったら、「二十本立てるよりいいだろ」と真面目な顔で答えた。

記念写真を撮ろうとしてスマートフォンを落とし、拾い上げようとする私の足だけが写った。その写真は今も残っている。

父が亡くなって二年ほど経った頃、古いパソコンに残されていた写真やメールを、当時まだ恋人だった亮介と一緒に保存した。私が写真を開くたびに思い出話を始めるので、作業はなかなか進まなかった。

亮介は嫌がらずに付き合ってくれた。

今年の誕生日にも、亮介はケーキを買ってきた。

苺のショートケーキを二つ。夕食のあと、二人で食べながら父の話をした。

「生きてたら、今日も買ってきただろうな」

「そうかもね」

「三十三歳なのに」

「親にとっては何歳でも子どもなんじゃない?」

亮介が笑った。

その日、母からも電話があった。

「お誕生日おめでとう」

「ありがとう」

「仕事はどう?」

「順調だよ」

「亮介くんとは仲良くやってる?」

「うん」

「ちゃんとご飯食べてる?」

「食べてるって」

母は安心したように「ならいいけど」と言った。

それから近所のスーパーが改装した話を始めた。惣菜売り場が広くなったこと、レジの場所が変わったこと、魚が少し安くなったこと。

夕飯の支度があったので、私は適当なところで電話を切った。

母とは、いつもそんな感じだった。

父は用事がなくてもメールを送ってくる人だった。

『今日は雨だぞ』

『帰り何時だ』

『今度帰ってこいよ』

大学生の頃、一度だけ文句を言ったことがある。

「お父さん、そんなに暇なの?」

「暇じゃないぞ」

「じゃあ何でメールしてくるの」

「別にいいだろ。減るもんじゃないし」

それからもメールは減らなかった。

父が亡くなったのは、私が二十七歳のときだった。

病気が見つかってから、あっという間だった。入院していた父は、いつもと変わらなかった。

仕事帰りに見舞いに行くと、テレビを見ながら「飯食ったか」と聞いてきた。

「食べたよ」

「何?」

「コンビニのおにぎり」

「ちゃんとしたもの食べろよ」

「お父さんこそ、病院のご飯ちゃんと食べてる?」

「食べてるよ。意外とうまいぞ」

そんな会話ばかりだった。

母は毎日病院へ行っていた。私が仕事で行けない日は、母に父の様子を聞いた。

「今日はどうだった?」

「変わらないわよ」

「ご飯食べた?」

「食べたわよ」

もっと聞きたいこともあったけれど、母はいつも「心配しなくていい」と言った。

父から最後に届いたメールも、病院からだった。

白いご飯と焼き魚、煮物の写真が添付されていた。箸はまだ袋に入っていた。

『今日は魚だ』

私は、

『よかったね。明日は何かな』

と返した。

その返事は来なかった。

六年間、何度もそのメールを読み返した。

もっと大切なことを話しておけばよかったと思った。でも、あの日は明日も父と話せると思っていた。

だから、明日の献立なんて聞いたのだ。

知らないアドレスから届いた誕生日のメールを、亮介に見せた。

「何これ」

「私が聞きたいよ」

「いたずらかな」

「そうだと思う」

亮介はアドレスを確認した。

「返信しないほうがいいかもね」

「そうだよね」

私もそう思った。

亮介は昔、父が使っていたパソコンの中身を整理してくれた。メールのやり取りも見ているし、ケーキの話だって知っている。

一瞬、亮介のいたずらかとも思った。

何か思い当たることがあるか尋ねようとして、やめた。

もし亮介だったら、本人の口から答えを聞きたくなかった。

けれど、その夜、亮介が寝たあとに返信してしまった。

『食べたよ。亮介が買ってきてくれた』

少し考えて、もう一文付け加えた。

『お父さんは元気?』

亡くなった人に元気かと聞いている。自分で書いて、おかしくなった。

父ではないことはわかっている。

それでも、返事が欲しかった。

翌朝、メールが届いていた。

『元気だよ。お前も元気そうでよかった。亮介くんにケーキのお礼、ちゃんと言ったか』

父なら、そんなことを言いそうだった。

私は笑った。それから、少し泣いた。

亮介が目を覚ましたので、画面を見せた。

「元気だって」

亮介は眠そうに笑った。

「よかったじゃん」

何がおかしいのか、自分でもわかっていた。

父が元気なわけはない。そんなことは知っている。

でも、一度くらい、元気な父から返事が来てもいいと思った。

最初は、何でもないことを書いた。

『会社の近くに新しいパン屋ができたよ』

『何買った?』

『クロワッサン』

『お父さんにも買ってきてくれ』

父はよく、人が食べているものを欲しがった。

自分の皿に同じものがあっても、私のほうを見て「一口ちょうだい」と言った。あげると決まって、「こっちのほうがうまいな」と言った。

そんなことまで思い出した。

メールは毎日届くわけではなかった。二日空くこともあれば、一週間ほど何もないこともあった。

送り主を調べることはしなかった。

正体を知ったら、このやり取りは終わってしまう。それが嫌だった。

ある朝、

『最近、ちゃんと飯食ってるか』

と届いた。

朝はコーヒーだけだと返すと、

『それじゃ駄目だろ。せめてパンくらい食べなさい』

と叱られた。

父も休日は昼まで寝ていたくせに、私の食事にはうるさかった。

翌朝、久しぶりにトーストを焼いた。目玉焼きも作った。

寝室から出てきた亮介が、食卓を覗き込んだ。

「今日、どうしたの?」

「朝ごはん」

「俺の分は?」

「ないよ」

「ええ?」

結局、目玉焼きを半分に分けた。

その週末、母から電話があった。

「奈緒、朝ごはん食べてる?」

「最近は食べてるよ」

「あら、そうなの」

母は嬉しそうだった。

「だから前から言ってたでしょう。朝は食べたほうがいいって」

私は笑った。

でも、父からメールが届いていることは話さなかった。

父へのメールが長くなったのは、仕事で失敗した日からだった。

取引先に間違った資料を送り、課長に注意された。後輩が見ている前だった。

大きな問題にはならなかったけれど、恥ずかしかった。

帰宅して亮介に話すと、「次から気をつければいいじゃん」と言われた。

そのとおりだった。でも私は、課長の言い方がきつかったことも、後輩が気まずそうにしていたことも、もう少し聞いてほしかった。

父には全部書いた。

翌朝、返事が届いた。

『そりゃ嫌だったな。まあ、そういう日もあるよ。ちゃんと謝ったんだろ。それならいいじゃないか』

特別な言葉ではなかった。それでも少し涙が出た。

それから私は、亮介への小さな不満まで書くようになった。

優しい夫だ。家事もしてくれるし、私が疲れていれば夕飯を作ってくれる。

でも、話を聞くとすぐ解決策を言う。何かをしてもらうたびに、私もちゃんとした妻でいなければと思う。

そんなことを、父には書いた。

『亮介はいい人だよ。でも、いい人だから言いづらいこともあるんだよね』

返事は二日後だった。

『そういうこともあるだろうな。亮介くんもよかれと思ってやってるんだろ』

父は生前、何でも肯定してくれる人ではなかった。私が間違っていれば、間違っていると言った。

今届くメールは、昔より少し優しかった。

ときどき、私が言ってほしいことを、そのまま返してくれた。

私はそれをありがたいと思っていた。

母から電話が来ても、仕事や夫婦のことは話さなかった。

「仕事はどう?」

「順調だよ」

「亮介くんとは?」

「仲良くしてるよ」

「何か困ってることはない?」

「大丈夫」

それで母は安心したようだった。

父が亡くなってから、ずっとそうだった。

葬儀が終わった数日後、父の茶碗を見て泣いたことがある。

青い線の入った、縁が少し欠けた茶碗だった。

「お父さん、もう帰ってこないんだね」

母は食器を拭く手を止めた。

「お母さんは寂しくないの?」

「寂しいに決まってるでしょう」

それから、

「でも、奈緒。しっかりしなさい」

と言った。

私は腹が立った。

「そんなこと、わかってるよ」

茶碗を棚に戻し、台所を出た。

それ以来、母の前で泣いたことはない。

私は父に、母のことも書いた。

『お母さんと電話すると疲れるんだよね。心配してくれてるのはわかるんだけど』

そこまで打って、少し迷った。

でも、続きを書いた。

『正直、しばらく電話したくない』

翌朝、父から返事が来た。

『お母さんも心配なんだろうな。でも奈緒が疲れるなら、少し間を空けてもいいんじゃないか』

私はほっとした。

その週、母から電話が二度あった。一度目も二度目も出なかった。

しばらくしてメッセージが届いた。

『忙しいなら無理に出なくていいからね』

私は『ごめん、ちょっと忙しくて』と返した。

翌日、父からメールが来た。

『忙しいときは無理するなよ』

父も母も、同じようなことを言う。

親なんてそんなものかもしれない。

そう思った。

その夜、母に電話をかけた。

「この前はごめんね」

「いいのよ。忙しいんでしょう」

「うん」

「仕事、大変?」

「そんなことないよ」

「そう。ならよかった」

いつもと同じ会話だった。

でも、電話を切る直前、母が珍しいことを言った。

「奈緒、話したくないときは話さなくてもいいからね」

私は少し驚いた。

「え?」

「いつも電話に出なくてもいいってこと」

母は笑った。

「お母さんも、ちょっとかけすぎだったかもしれないし」

私は黙った。

父へのメールを思い出した。

『しばらく電話したくない』

母には一度もそう言っていない。

もちろん、二度も電話に出なかったのだから、母が気を遣ったとしても不思議ではない。

それでも、その夜は父からのメールを開けなかった。

翌週の日曜日、実家へ行った。

母には、昔の写真を見たいと伝えていた。

父のアルバムを何冊か出してもらい、居間の床に並べた。

若い頃の父。旅行先の父。運動会の父。

どの写真も、少し照れたような顔をしていた。

母は隣で写真を見ていた。

「若いわねえ」

「誰が?」

「お父さん」

私は笑った。

「お母さんも若いよ」

母は一枚の写真を指で押さえた。海辺で撮った写真だった。

父はカメラを見ずに、母の顔を見ていた。

母は笑っていた。

私はその写真をしばらく眺めた。

「ねえ、お母さん」

「何?」

「お父さんから、メールが来るんだ」

母の手が止まった。

スマートフォンを取り出し、最初のメールを見せた。

母は画面を読んでから、

「変ね」

と言った。

「うん」

「誰かのいたずらじゃないの?」

「そうだと思う」

母はスマートフォンを返そうとしたが、私は受け取らなかった。

「私、返事してたんだ」

母は黙った。

「仕事のことも、亮介のことも。いろいろ書いた」

「……そう」

「お母さんのことも」

母は目を伏せた。

「これ、お母さんが書いたの?」

すぐには答えなかった。

「違うなら、違うって言って」

母はアルバムを閉じ、膝の上で手を重ねた。

「……ごめんね」

私はスマートフォンを握りしめた。

「本当に?」

母は頷いた。

「うん」

母は誕生日の電話を切ったあと、昔の写真を見ていたのだと言った。

父がケーキを買って帰ってきた日の写真。それを見て、父なら今も娘にメールを送るだろうと思ったらしい。

「一通だけのつもりだったの」

「私が返事したから、続けたの?」

母は頷いた。

「奈緒が、いろいろ話してくれたから」

私は、一通のメールを思い出した。

『お母さんと電話すると疲れる。正直、しばらく電話したくない』

それを母が読んでいた。

「……お母さんのことも書いたんだよ」

「知ってる」

思っていたより静かな返事だった。

「読んで、どう思った?」

母は答えなかった。

「何で電話してきたの? 私が話したくないって書いてるのに」

「……電話したかったから」

母は私を見た。

「奈緒が、私と話したくなくてもね」

私は言葉に詰まった。

母は続けた。

「電話すると、いつも大丈夫って言うでしょう。お父さんには、あんなにいろんなこと書いてたのに」

「お父さんじゃないじゃん」

「そうね」

「お母さんが書いてたんでしょ。だったら、私の気持ちもわかるでしょ」

母は俯いた。

「……わかってるつもりだったのよ」

「全部読んでたじゃん。仕事のことも、亮介のことも。お母さんのことまで」

母はしばらく黙っていた。

「奈緒がどうして私には話してくれないのかは、わからなかった」

私は何も言えなかった。

「お父さんになら話せるのにね」

母はそう言った。

「だから、お父さんのふりをしたの?」

母は答えなかった。

「お父さんはもういないんだよ」

「わかってるわよ」

母の声が強くなった。

「そんなこと、奈緒に言われなくても」

私は驚いて母を見た。

母も自分の声に驚いたようだった。

しばらくして、目を伏せた。

「……ごめんなさい」

私は立ち上がった。

「もう、お父さんの名前でメールしないで」

母は頷いた。

「しない」

「約束して」

「約束する」

私は鞄を持った。

母は引き止めなかった。

玄関で靴を履き、ドアを開けた。

外は思っていたより寒かった。

駅へ向かいながら、スマートフォンを取り出した。

父から届いたメールが並んでいた。誕生日のこと、朝ごはんのこと、仕事のこと。亮介への不満や、母への悪口もあった。

全部、母が読んでいた。

すぐに消すことはできなかった。

私は古いメールを開いた。

六年前の最後の一通。

『今日は魚だ』

白いご飯と、焼き魚と、煮物。箸はまだ袋に入っている。

何度も見た写真だった。

父が撮ったと思っていたけれど、最後の頃、父はスマートフォンを持つのもしんどそうだった。

そういえば、この写真は誰が撮ったのだろう。

足を止め、母に電話をかけた。

数回呼び出したあと、母が出た。

「奈緒?」

さっき別れたばかりだった。

「忘れ物?」

「違う」

私は画面を見ながら聞いた。

「お父さんの最後のメール、覚えてる?」

「最後の?」

「病院のご飯の写真」

「ああ、魚のね」

母はすぐに答えた。

「覚えてるわよ」

少し迷ってから聞いた。

「これ、誰が撮ったの?」

「私よ」

私は画面を見た。

「お母さんが?」

「そうよ。お父さんが撮ってくれって言うから」

「……そうなんだ」

「メールもね、あの頃は代わりに打つことがあったのよ」

私は息を止めた。

「これも?」

「そうよ」

母は言った。

「何て書くって聞いたら、今日は魚だ、って」

私は黙っていた。

「それだけでいいのって聞いたら、うん、それでいいって」

母は少し笑った。

「お父さんらしいでしょう」

六年間、何度も読み返したメールだった。

父が最後に送ってくれた言葉だと思っていた。

父が言った言葉を、母が打って送った。

ただ、それだけのことだった。

「ねえ、お母さん」

「何?」

「お父さん、あの日ご飯食べた?」

母は少し考えた。

「半分くらいだったかな」

「魚は?」

「ちょっと残したと思う」

私は写真を見た。

箸のついていない焼き魚。父はこのあと全部食べたのだろうと、何となく思っていた。

「そうなんだ」

「うん」

母はそれ以上何も言わなかった。

私は電話を切った。

帰りの電車で、もう一度写真を見た。

食事が出てきて、父がスマートフォンを手に取る。適当に写真を撮り、短い文章を添えて送る。

ずっと、そんな光景を思い浮かべていた。

実際には母が写真を撮り、父の言葉を打っていた。

白いご飯と焼き魚。その横に、病院のテーブルが少しだけ写っている。

私は画面を拡大した。

テーブルの向こうは、写真の外だった。

母はどこに座っていたのだろう。

父の隣だったのか。向かい側だったのか。

私にはわからなかった。

画面を閉じた。

私の秘密を読んでいたことも、父の名前を使っていたことも、簡単には忘れられない。

母を許せるとは思わなかった。

それでも、六年前のあの写真を見るとき、これからは母の姿も思い浮かべるのだろう。

それが少し、嫌だった。

一週間、母から連絡はなかった。

私も電話をしなかった。

仕事で嫌なことがあった日、何度か父へのメールを開きかけた。送信先を見て、手を止めた。

もう、あのアドレスには送れなかった。

日曜日、スーパーで買い物をしていると、母からメッセージが届いた。

『駅前のスーパー、また改装するんだって』

それだけだった。

私は鮮魚売り場の前で立ち止まった。

誕生日の電話でも、母はスーパーの話をしていた。魚が安くなったと言っていた。

あのときは、適当に相槌を打っていた。

返信せずに買い物を終え、帰宅した。

夕飯の支度をしながら、父の最後のメールを思い出した。

あの日、父は焼き魚を半分ほど食べたらしい。母はそれを覚えていた。

私はふと、母はその日、何を食べたのだろうと思った。

病院から帰る途中、何か買ったのだろうか。家に帰って、一人で食べたのだろうか。それとも、何も食べなかったのだろうか。

一度も聞いたことがなかった。

火を弱め、スマートフォンを手に取った。

母からのメッセージを開く。

『駅前のスーパー、また改装するんだって』

私は返信ボタンを押した。

『そうなんだ』

そこまで書いて、少し考えた。

それから、続きを打った。

『ねえ、お母さん。お父さんが入院してた頃、夕飯どうしてたの?』

送信した。

しばらく返事は来なかった。

私は魚を裏返した。

亮介が台所を覗いた。

「お皿出そうか?」

「うん。お願い」

二人分の皿を食卓に並べたところで、スマートフォンが震えた。

母からだった。

『適当よ。お惣菜買ったり、残り物食べたり』

続けて、もう一通届いた。

『何でそんなこと聞くの?』

私は返信を考えた。

どう書けばいいのかわからなかった。

魚が焼けたので、火を止めた。

もう一度スマートフォンを見ると、母から新しいメールが届いていた。

『そういえば、あの頃はよく鯖を買ってたわ』

私はその文章を読んだ。

それから、食卓へ皿を運んだ。

了