父からのメール
父からメールが届いた。
死んで六年になる父からだった。
差出人は「お父さん」。件名は「誕生日おめでとう」。
三十三歳の誕生日から五日経って、迷惑メールのフォルダに入っているのを見つけた。
『三十三歳か。早いもんだな。ケーキは食べたか』
思わず笑ってしまった。父なら言いそうだった。
送信元は見覚えのないアドレスで、父が使っていたものとは違う。誰かのいたずらだろう。そう思いながら、私は何度も読み返した。
父は毎年、私の誕生日にケーキを買ってきた。
二十歳のときには数字の「2」と「0」のろうそくまで買ってきた。恥ずかしいからやめてと言ったら、「二十本立てるよりいいだろ」と真面目な顔で答えた。
記念写真を撮ろうとしてスマートフォンを落とし、拾い上げようとする私の足だけが写った。その写真は今も残っている。
父が亡くなって二年ほど経った頃、古いパソコンに残されていた写真やメールを、当時まだ恋人だった亮介と一緒に保存した。私が写真を開くたびに思い出話を始めるので、作業はなかなか進まなかった。
亮介は嫌がらずに付き合ってくれた。
今年の誕生日にも、亮介はケーキを買ってきた。
苺のショートケーキを二つ。夕食のあと、二人で食べながら父の話をした。
「生きてたら、今日も買ってきただろうな」
「そうかもね」
「三十三歳なのに」
「親にとっては何歳でも子どもなんじゃない?」
亮介が笑った。
その日、母からも電話があった。
「お誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「仕事はどう?」
「順調だよ」
「亮介くんとは仲良くやってる?」
「うん」
「ちゃんとご飯食べてる?」
「食べてるって」
母は安心したように「ならいいけど」と言った。
それから近所のスーパーが改装した話を始めた。惣菜売り場が広くなったこと、レジの場所が変わったこと、魚が少し安くなったこと。
夕飯の支度があったので、私は適当なところで電話を切った。
母とは、いつもそんな感じだった。
*
父は用事がなくてもメールを送ってくる人だった。
『今日は雨だぞ』
『帰り何時だ』
『今度帰ってこいよ』
大学生の頃、一度だけ文句を言ったことがある。
「お父さん、そんなに暇なの?」
「暇じゃないぞ」
「じゃあ何でメールしてくるの」
「別にいいだろ。減るもんじゃないし」
それからもメールは減らなかった。
父が亡くなったのは、私が二十七歳のときだった。
病気が見つかってから、あっという間だった。入院していた父は、いつもと変わらなかった。
仕事帰りに見舞いに行くと、テレビを見ながら「飯食ったか」と聞いてきた。
「食べたよ」
「何?」
「コンビニのおにぎり」
「ちゃんとしたもの食べろよ」
「お父さんこそ、病院のご飯ちゃんと食べてる?」
「食べてるよ。意外とうまいぞ」
そんな会話ばかりだった。
母は毎日病院へ行っていた。私が仕事で行けない日は、母に父の様子を聞いた。
「今日はどうだった?」
「変わらないわよ」
「ご飯食べた?」
「食べたわよ」
もっと聞きたいこともあったけれど、母はいつも「心配しなくていい」と言った。
父から最後に届いたメールも、病院からだった。
白いご飯と焼き魚、煮物の写真が添付されていた。箸はまだ袋に入っていた。
『今日は魚だ』
私は、
『よかったね。明日は何かな』
と返した。
その返事は来なかった。
六年間、何度もそのメールを読み返した。
もっと大切なことを話しておけばよかったと思った。でも、あの日は明日も父と話せると思っていた。
だから、明日の献立なんて聞いたのだ。
*
知らないアドレスから届いた誕生日のメールを、亮介に見せた。
「何これ」
「私が聞きたいよ」
「いたずらかな」
「そうだと思う」
亮介はアドレスを確認した。
「返信しないほうがいいかもね」
「そうだよね」
私もそう思った。
亮介は昔、父が使っていたパソコンの中身を整理してくれた。メールのやり取りも見ているし、ケーキの話だって知っている。
一瞬、亮介のいたずらかとも思った。
何か思い当たることがあるか尋ねようとして、やめた。
もし亮介だったら、本人の口から答えを聞きたくなかった。
けれど、その夜、亮介が寝たあとに返信してしまった。
『食べたよ。亮介が買ってきてくれた』
少し考えて、もう一文付け加えた。
『お父さんは元気?』
亡くなった人に元気かと聞いている。自分で書いて、おかしくなった。
父ではないことはわかっている。
それでも、返事が欲しかった。
翌朝、メールが届いていた。
『元気だよ。お前も元気そうでよかった。亮介くんにケーキのお礼、ちゃんと言ったか』
父なら、そんなことを言いそうだった。
私は笑った。それから、少し泣いた。
亮介が目を覚ましたので、画面を見せた。
「元気だって」
亮介は眠そうに笑った。
「よかったじゃん」
何がおかしいのか、自分でもわかっていた。
父が元気なわけはない。そんなことは知っている。
でも、一度くらい、元気な父から返事が来てもいいと思った。
*
最初は、何でもないことを書いた。
『会社の近くに新しいパン屋ができたよ』
『何買った?』
『クロワッサン』
『お父さんにも買ってきてくれ』
父はよく、人が食べているものを欲しがった。
自分の皿に同じものがあっても、私のほうを見て「一口ちょうだい」と言った。あげると決まって、「こっちのほうがうまいな」と言った。
そんなことまで思い出した。
メールは毎日届くわけではなかった。二日空くこともあれば、一週間ほど何もないこともあった。
送り主を調べることはしなかった。
正体を知ったら、このやり取りは終わってしまう。それが嫌だった。
ある朝、
『最近、ちゃんと飯食ってるか』
と届いた。
朝はコーヒーだけだと返すと、
『それじゃ駄目だろ。せめてパンくらい食べなさい』
と叱られた。
父も休日は昼まで寝ていたくせに、私の食事にはうるさかった。
翌朝、久しぶりにトーストを焼いた。目玉焼きも作った。
寝室から出てきた亮介が、食卓を覗き込んだ。
「今日、どうしたの?」
「朝ごはん」
「俺の分は?」
「ないよ」
「ええ?」
結局、目玉焼きを半分に分けた。
その週末、母から電話があった。
「奈緒、朝ごはん食べてる?」
「最近は食べてるよ」
「あら、そうなの」
母は嬉しそうだった。
「だから前から言ってたでしょう。朝は食べたほうがいいって」
私は笑った。
でも、父からメールが届いていることは話さなかった。
*
父へのメールが長くなったのは、仕事で失敗した日からだった。
取引先に間違った資料を送り、課長に注意された。後輩が見ている前だった。
大きな問題にはならなかったけれど、恥ずかしかった。
帰宅して亮介に話すと、「次から気をつければいいじゃん」と言われた。
そのとおりだった。でも私は、課長の言い方がきつかったことも、後輩が気まずそうにしていたことも、もう少し聞いてほしかった。
父には全部書いた。
翌朝、返事が届いた。
『そりゃ嫌だったな。まあ、そういう日もあるよ。ちゃんと謝ったんだろ。それならいいじゃないか』
特別な言葉ではなかった。それでも少し涙が出た。
それから私は、亮介への小さな不満まで書くようになった。
優しい夫だ。家事もしてくれるし、私が疲れていれば夕飯を作ってくれる。
でも、話を聞くとすぐ解決策を言う。何かをしてもらうたびに、私もちゃんとした妻でいなければと思う。
そんなことを、父には書いた。
『亮介はいい人だよ。でも、いい人だから言いづらいこともあるんだよね』
返事は二日後だった。
『そういうこともあるだろうな。亮介くんもよかれと思ってやってるんだろ』
父は生前、何でも肯定してくれる人ではなかった。私が間違っていれば、間違っていると言った。
今届くメールは、昔より少し優しかった。
ときどき、私が言ってほしいことを、そのまま返してくれた。
私はそれをありがたいと思っていた。
*
母から電話が来ても、仕事や夫婦のことは話さなかった。
「仕事はどう?」
「順調だよ」
「亮介くんとは?」
「仲良くしてるよ」
「何か困ってることはない?」
「大丈夫」
それで母は安心したようだった。
父が亡くなってから、ずっとそうだった。
葬儀が終わった数日後、父の茶碗を見て泣いたことがある。
青い線の入った、縁が少し欠けた茶碗だった。
「お父さん、もう帰ってこないんだね」
母は食器を拭く手を止めた。
「お母さんは寂しくないの?」
「寂しいに決まってるでしょう」
それから、
「でも、奈緒。しっかりしなさい」
と言った。
私は腹が立った。
「そんなこと、わかってるよ」
茶碗を棚に戻し、台所を出た。
それ以来、母の前で泣いたことはない。
私は父に、母のことも書いた。
『お母さんと電話すると疲れるんだよね。心配してくれてるのはわかるんだけど』
そこまで打って、少し迷った。
でも、続きを書いた。
『正直、しばらく電話したくない』
翌朝、父から返事が来た。
『お母さんも心配なんだろうな。でも奈緒が疲れるなら、少し間を空けてもいいんじゃないか』
私はほっとした。
その週、母から電話が二度あった。一度目も二度目も出なかった。
しばらくしてメッセージが届いた。
『忙しいなら無理に出なくていいからね』
私は『ごめん、ちょっと忙しくて』と返した。
翌日、父からメールが来た。
『忙しいときは無理するなよ』
父も母も、同じようなことを言う。
親なんてそんなものかもしれない。
そう思った。
その夜、母に電話をかけた。
「この前はごめんね」
「いいのよ。忙しいんでしょう」
「うん」
「仕事、大変?」
「そんなことないよ」
「そう。ならよかった」
いつもと同じ会話だった。
でも、電話を切る直前、母が珍しいことを言った。
「奈緒、話したくないときは話さなくてもいいからね」
私は少し驚いた。
「え?」
「いつも電話に出なくてもいいってこと」
母は笑った。
「お母さんも、ちょっとかけすぎだったかもしれないし」
私は黙った。
父へのメールを思い出した。
『しばらく電話したくない』
母には一度もそう言っていない。
もちろん、二度も電話に出なかったのだから、母が気を遣ったとしても不思議ではない。
それでも、その夜は父からのメールを開けなかった。
*
翌週の日曜日、実家へ行った。
母には、昔の写真を見たいと伝えていた。
父のアルバムを何冊か出してもらい、居間の床に並べた。
若い頃の父。旅行先の父。運動会の父。
どの写真も、少し照れたような顔をしていた。
母は隣で写真を見ていた。
「若いわねえ」
「誰が?」
「お父さん」
私は笑った。
「お母さんも若いよ」
母は一枚の写真を指で押さえた。海辺で撮った写真だった。
父はカメラを見ずに、母の顔を見ていた。
母は笑っていた。
私はその写真をしばらく眺めた。
「ねえ、お母さん」
「何?」
「お父さんから、メールが来るんだ」
母の手が止まった。
スマートフォンを取り出し、最初のメールを見せた。
母は画面を読んでから、
「変ね」
と言った。
「うん」
「誰かのいたずらじゃないの?」
「そうだと思う」
母はスマートフォンを返そうとしたが、私は受け取らなかった。
「私、返事してたんだ」
母は黙った。
「仕事のことも、亮介のことも。いろいろ書いた」
「……そう」
「お母さんのことも」
母は目を伏せた。
「これ、お母さんが書いたの?」
すぐには答えなかった。
「違うなら、違うって言って」
母はアルバムを閉じ、膝の上で手を重ねた。
「……ごめんね」
私はスマートフォンを握りしめた。
「本当に?」
母は頷いた。
「うん」
*
母は誕生日の電話を切ったあと、昔の写真を見ていたのだと言った。
父がケーキを買って帰ってきた日の写真。それを見て、父なら今も娘にメールを送るだろうと思ったらしい。
「一通だけのつもりだったの」
「私が返事したから、続けたの?」
母は頷いた。
「奈緒が、いろいろ話してくれたから」
私は、一通のメールを思い出した。
『お母さんと電話すると疲れる。正直、しばらく電話したくない』
それを母が読んでいた。
「……お母さんのことも書いたんだよ」
「知ってる」
思っていたより静かな返事だった。
「読んで、どう思った?」
母は答えなかった。
「何で電話してきたの? 私が話したくないって書いてるのに」
「……電話したかったから」
母は私を見た。
「奈緒が、私と話したくなくてもね」
私は言葉に詰まった。
母は続けた。
「電話すると、いつも大丈夫って言うでしょう。お父さんには、あんなにいろんなこと書いてたのに」
「お父さんじゃないじゃん」
「そうね」
「お母さんが書いてたんでしょ。だったら、私の気持ちもわかるでしょ」
母は俯いた。
「……わかってるつもりだったのよ」
「全部読んでたじゃん。仕事のことも、亮介のことも。お母さんのことまで」
母はしばらく黙っていた。
「奈緒がどうして私には話してくれないのかは、わからなかった」
私は何も言えなかった。
「お父さんになら話せるのにね」
母はそう言った。
「だから、お父さんのふりをしたの?」
母は答えなかった。
「お父さんはもういないんだよ」
「わかってるわよ」
母の声が強くなった。
「そんなこと、奈緒に言われなくても」
私は驚いて母を見た。
母も自分の声に驚いたようだった。
しばらくして、目を伏せた。
「……ごめんなさい」
私は立ち上がった。
「もう、お父さんの名前でメールしないで」
母は頷いた。
「しない」
「約束して」
「約束する」
私は鞄を持った。
母は引き止めなかった。
*
玄関で靴を履き、ドアを開けた。
外は思っていたより寒かった。
駅へ向かいながら、スマートフォンを取り出した。
父から届いたメールが並んでいた。誕生日のこと、朝ごはんのこと、仕事のこと。亮介への不満や、母への悪口もあった。
全部、母が読んでいた。
すぐに消すことはできなかった。
私は古いメールを開いた。
六年前の最後の一通。
『今日は魚だ』
白いご飯と、焼き魚と、煮物。箸はまだ袋に入っている。
何度も見た写真だった。
父が撮ったと思っていたけれど、最後の頃、父はスマートフォンを持つのもしんどそうだった。
そういえば、この写真は誰が撮ったのだろう。
足を止め、母に電話をかけた。
数回呼び出したあと、母が出た。
「奈緒?」
さっき別れたばかりだった。
「忘れ物?」
「違う」
私は画面を見ながら聞いた。
「お父さんの最後のメール、覚えてる?」
「最後の?」
「病院のご飯の写真」
「ああ、魚のね」
母はすぐに答えた。
「覚えてるわよ」
少し迷ってから聞いた。
「これ、誰が撮ったの?」
「私よ」
私は画面を見た。
「お母さんが?」
「そうよ。お父さんが撮ってくれって言うから」
「……そうなんだ」
「メールもね、あの頃は代わりに打つことがあったのよ」
私は息を止めた。
「これも?」
「そうよ」
母は言った。
「何て書くって聞いたら、今日は魚だ、って」
私は黙っていた。
「それだけでいいのって聞いたら、うん、それでいいって」
母は少し笑った。
「お父さんらしいでしょう」
六年間、何度も読み返したメールだった。
父が最後に送ってくれた言葉だと思っていた。
父が言った言葉を、母が打って送った。
ただ、それだけのことだった。
「ねえ、お母さん」
「何?」
「お父さん、あの日ご飯食べた?」
母は少し考えた。
「半分くらいだったかな」
「魚は?」
「ちょっと残したと思う」
私は写真を見た。
箸のついていない焼き魚。父はこのあと全部食べたのだろうと、何となく思っていた。
「そうなんだ」
「うん」
母はそれ以上何も言わなかった。
私は電話を切った。
*
帰りの電車で、もう一度写真を見た。
食事が出てきて、父がスマートフォンを手に取る。適当に写真を撮り、短い文章を添えて送る。
ずっと、そんな光景を思い浮かべていた。
実際には母が写真を撮り、父の言葉を打っていた。
白いご飯と焼き魚。その横に、病院のテーブルが少しだけ写っている。
私は画面を拡大した。
テーブルの向こうは、写真の外だった。
母はどこに座っていたのだろう。
父の隣だったのか。向かい側だったのか。
私にはわからなかった。
画面を閉じた。
私の秘密を読んでいたことも、父の名前を使っていたことも、簡単には忘れられない。
母を許せるとは思わなかった。
それでも、六年前のあの写真を見るとき、これからは母の姿も思い浮かべるのだろう。
それが少し、嫌だった。
*
一週間、母から連絡はなかった。
私も電話をしなかった。
仕事で嫌なことがあった日、何度か父へのメールを開きかけた。送信先を見て、手を止めた。
もう、あのアドレスには送れなかった。
日曜日、スーパーで買い物をしていると、母からメッセージが届いた。
『駅前のスーパー、また改装するんだって』
それだけだった。
私は鮮魚売り場の前で立ち止まった。
誕生日の電話でも、母はスーパーの話をしていた。魚が安くなったと言っていた。
あのときは、適当に相槌を打っていた。
返信せずに買い物を終え、帰宅した。
夕飯の支度をしながら、父の最後のメールを思い出した。
あの日、父は焼き魚を半分ほど食べたらしい。母はそれを覚えていた。
私はふと、母はその日、何を食べたのだろうと思った。
病院から帰る途中、何か買ったのだろうか。家に帰って、一人で食べたのだろうか。それとも、何も食べなかったのだろうか。
一度も聞いたことがなかった。
火を弱め、スマートフォンを手に取った。
母からのメッセージを開く。
『駅前のスーパー、また改装するんだって』
私は返信ボタンを押した。
『そうなんだ』
そこまで書いて、少し考えた。
それから、続きを打った。
『ねえ、お母さん。お父さんが入院してた頃、夕飯どうしてたの?』
送信した。
しばらく返事は来なかった。
私は魚を裏返した。
亮介が台所を覗いた。
「お皿出そうか?」
「うん。お願い」
二人分の皿を食卓に並べたところで、スマートフォンが震えた。
母からだった。
『適当よ。お惣菜買ったり、残り物食べたり』
続けて、もう一通届いた。
『何でそんなこと聞くの?』
私は返信を考えた。
どう書けばいいのかわからなかった。
魚が焼けたので、火を止めた。
もう一度スマートフォンを見ると、母から新しいメールが届いていた。
『そういえば、あの頃はよく鯖を買ってたわ』
私はその文章を読んだ。
それから、食卓へ皿を運んだ。
了